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乳がん

2017年11月 2日 (木)

吉野 実香さんに学ぶ

にっこり自力整体の大野 敬子です。

 
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
 
今日は、乳がんに罹患されて、治療をされていないけれど、
余命を過ぎてなお、
明るく、楽しく、生きておられます方をご紹介します!
 
吉野 実香さん、、、京都に住まわれており、
私と年齢近いと思います。
 
2011年からブログを書かれておりますが、
乳がんになられて13年経って、本を書かれました。
 
その後、余命宣告をクリアされて、
現在もお元気で過ごされている模様。
 
これまでも、その度々で、からだの反応が変化され、
痛みも出たりされて、
本当に大変な中を、生き抜いておられます。
 
涙が出そうです。
 
ブログを読む限りは、お元気そうな感じですが、
言葉のニュアンスで、受け取り手がそう感じるだけであって・・・
 
実際の所は、動くのもお辛い時もあったりで
その時その時によるのではないでしょうか。
 
ブログから出合いましたが、とても気になって、
著書「癌と闘わない私の選択」を買って読みました。
(kindle版しか、今はなさそうなのですが・・・)
 
本は、読んでいて、心が痛くなったりしました。
 
陽子が、弱っていた時を彷彿とさせる描写もあって、
私は、少し、妹と重ねてみてしまったかも
しれません。
 
ご家族(ご主人と、息子さんと)の支えも
実に素晴らしいな!って。
 
心が痛くなるシーンもたくさんあるのですが、
その大変な状況を家族で支え合って、
乗り越えられて・・・。
 
実香さん自身も、痛みに強いのかもしれませんが、
中心軸の定まった生き方をされていて、
落ち着かれている。
 
どんな精神の持ち主なのだ?
私は、興味がムクムクしてしまって、
一気に読み終えました。
 
妹も無治療で、頑張っていたけど、
結果、生を受け取ることが出来なかったことで、
 
やっぱり、無理だったのかな・・・と、
悲しみ、哀しみ、敗北感。
 
あとからきた、無力感・・・。
 
これから、私はどう生きればいいのかな?
 
そんな感情がいつまでも、
心のどこかにありました。
 
実香さんのブログに出合えて、
本にも出合えて、
 
自分の命を削りながら、最善を尽くされている。
 
その実香さんのお姿に、感動した。
 
やっぱり、生きられる方は生きられる!
実香さんにしかできないかもしれないけれど・・、
 
希望や、これらの生きる道を、
実香さんを通して、照らされているような
不思議な感覚を受けました。
 
そして、私たちは、たくさんの智恵を
受け取ることができるのですね。
 
本当に、嬉しくて、素晴らしいと讃えたくって、
一緒に大声で、「わーっ!」って叫んで、
これからも、頑張って欲しいーって!もっと、
叫びたくなって。
 
なんでしょうね。
人間の未知の世界を、改めて示してくださって、
新たな叡智を得た感覚。
 
勇気をいただき、心から感謝しています。
 
いつか、京都を訪れて、お会いしたいなあ。
(実香さんの体調もあるので、
叶うかどうかは、分かりませんが)
 
ご主人もまた、ものすごく愉しい方で。
もし、お時間が許せば、是非ブログや著書を
覗いてみて欲しいです。
 
ブログ
 
 
ありがとう、実香さん!
そして、これからも、たくさんの方を、
元気にしていってあげてください。
 
私も影ながら、応援させていただいております。
 
実香さんから、多くのことが学べた
生きる、、、整心法の講座を受けることができました。
 
縁は異なもの味な物。
 
大切なご縁にしていきたいと思います。
 

Img_20171102_0901451

旅先でゲットしたマグカップ。
やけにたっぷりと入ります。

朝一番にドテラのミネラルを。

Img_20171102_0901581

今日はプルーン味とプレーンなものを半半にして。
手作り酵素が、待ち遠しいです。

軽くて使いやすいカップ、
これから、私の毎日に活躍してくれそうです。

 
 

2017年8月17日 (木)

送り盆

にっこり自力整体の大野 敬子です。

いつも、読んでくださって、ありがとうございます。
 
8月半ば、お盆中とあって、
お教室をお休みさせていただきました。
 
今年のお盆は、陽子が旅立って初めて迎えるお盆。
ちょっと、いつもと違ったかな。
 

20170815_110036

 
母が緊張していた。
 
娘のYが、元気ない。
 
私は、できるだけ、普通を装い、
 
三女も、子どもとご主人を連れてきて、
 
いつもと同じ帰省ではあるけれど、
 
一つだけ違っていて。
 
みんなにも、その緊張が少しずつ感じる。
 
陽子がいつも用意してくれるおもてなし料理が
ない。
 
「何、飲む?」って聞いてくれる人がいない。
 
陽子の声が無い。
 
集合写真、集まる度にみんなで撮るんだけれど、
今年は「撮ろう!」って
誰も言わない。
 
かなり違うお盆なのだった。
 
茨城から、母の弟さん、私たちにとっての
叔父さんが来てくださって、
 
昔懐かしいお話に花が咲く。
 
「なんだ、陽子は、、、なんで、そんな早くになあ・・」
 
母の兄弟は仲良しで、
二人の叔母が他界されているが、
後の6人は、92歳のご長男を筆頭に
お元気である。
 
こちらの叔父さんは今でも、「Kちゃん」と
私たちは呼んでいる。
かっこよくて、
いつも母に就いていって帰省すれば、
どこかに遊びに連れていってくれたり、
 
博打を教えてくれたり(笑)
 
とっても、楽しかった。
 
でも42歳の時にくも膜下出血で倒れ、
生死の境を彷徨ったのだそうだ。
 
私は興味深く、あれこれと質問して、
酔っぱらっているKちゃんは、
楽しそうに話してくださった。
 
「敬子と陽子はよく、田舎に来たよな~」
 
そうそう、思い出します。
二人でよく、出掛けていったよなー。
茨城の筑波まで。
 
一緒に語ることが出来なくなってしまったけど、
共通の思い出。
 

20170815_151652

この緑のは、ハスの花だそうです。


 
早く、生まれ変わって、
私の前に現れないかなー?
なんて、早くもこんなことを願ってしまう私。
 
今日は終戦記念日。
過去に戦争によって命を奪われてしまった
方々、そしてそのご家族。
 
理不尽な思いをされたんだろうなあ・・・。
 
もう会うことが出来ない悔しさを押し殺して、
 
残されたものは、ただ毎日を普通に過ごす。
 
大切な人を失う感覚を、
改めて共通な感覚として、
今日の送り盆を迎えている。
 
また、こちらの世界に下りて来る時を
楽しみにしています。
 
あっちでも、頑張ってね。
私も「やや、頑張って」いますよ。
 

20170815_110101

私が好きなお花を買っていって、
三女J子がアレンジメントを
ちゃちゃっと、してくれました。

お坊さんは、特別に呼ばなかったけれど、
陽子は、気にしてなかったみたいだわ。

最後にみんなとハグし合ってお別れしたら、
母は、泣いてしまった・・・。

まだまだ、寂しいよね・・。

 

2017年8月 1日 (火)

お墓参りと奇跡の音声

 
にっこり自力整体の大野 敬子です。
 
今日は、少し私的なことに絞って、綴らせてください。
 
7月の三連休の最後の日に
陽子が派遣先でお世話になっていた会社の方々、
6名の皆さまと、
 
私と、陽子の娘のYと、
 
わいわいと、お墓参りに行くことが実現しました。
 
Kさんという自力整体を通して、お知り合いに慣れた
視覚障害のお持ちの男性が、
お仕事仲間の皆様にもお知らせしてくださり、
お墓参りは計画されていきました。
 
Kさんは、以前書いた私のブログに登場しています。
 
優しい、Kさん。
いつも、素敵な表現をされ、私は都度、ドキドキします。(笑)
 
梅雨が明けてはいなかったような、
けれども、ものすごく陽ざしが強く感じられた日、
父と陽子の眠るお墓へ
遠い所をきてくださいました皆様・・・。
 
ご一緒にお墓参りをしてくださって、
心から感謝でございます。
 
私は、昔から「死」ということにしっかり向き合おうとせず、
鈍感な、非情な感じであったなと、
最近になって気づかせていただいた「お墓参り」という供養。
 
と、いうのも、
 
私は生きてこのかた、身内以外の方の
お墓参りは行ったことがなかったのです。
 
「誰もが迎える死」という意味合いを含ませ、
お墓まで行かずとも、手を合わせることで、
供養とさせていただいていました。
 
ですから、
私は、皆様が来てくださると聞いて、
ちょっとびっくりしたのでございます。 
 
あ、一人、高校時代の後輩ですが、
自死されたMさんを思い出しました。
有志で、住んでおられた長野に
お線香をあげに行ったことがありました。
 
亡くなった場所というのは、嫌なトラウマが
ずーっと付きまとうもので、
この時から、長野は私にとって良いイメージが
無くなってしまった。
 
「ここら辺は、夜になると、もう、真っ暗で、
何もすることがなくて・・・」と話されていたお母様。
 
暗くて、何もすることが無い場所・・・とインプットされてしまった。
 
陽子よりももっともっと、早い時期に、
心が耐えられなくなって選んだ死。
この時も辛かったな。
 
何もしてあげられなかったことが
残念でなりませんでした。
 
小学校、中学校の恩師の死の知らせは聞いたことはありますが、
でも、葬儀にも、お墓にも行かなかったなあ。
 
非情、というより、ご縁が薄かった?
きっと、呼び寄せられていなかったんだということでしょうか。
 
陽子の派遣先のお仲間が5人。
そして、後からご紹介されて知り合ったというWさん。
 
そして、この派遣を辞めた、ちょうどその頃に
陽子の乳がんが発覚しました。
 
仕事中に、すごく仲良くなったとか、
肩を並べて仕事をしたとか、密な関係ではないような・・・、
 
それで、会社を辞めた後からのお付き合いが長かった、
家におじゃまさせてもらっていたとか、
プライベート色が色濃く残っている、そんな印象を受けました。
 
Wさんは、お仕事を通じて、
4回ほどしか会っていなかったそうなのですが、
 
Wさんの研究材料に使ったものが、人の声、、、。
そのうちの1人が陽子だったのだということ。
 
陽子にインタビューしてくださったそうです。
 
音声ペルソナというものを研究されており、
これも、今回ご一緒してださったお仲間とのご縁・・・!
 
陽子は、皆さんとはどんな感じだったのかなあ・・。
 
○○さんには、上司と話すような感じかな、
 
××さんとは、冗談を交えて?
 
時に美味しいもの談義には、きっと花咲いただろうな、
 
何も話さなくても、お互いのことを分かっていたりもした?!
 
優しさがあって、安らぎがあって、
 
時に討論をしたり、意見を言い合って刺激し合ったり。
 
想像してみて、あたたかな気持ちになれたのは
言う間でもありません。
 
そして、な、な、なんと!短いですが、78秒の音声は、
私の手元にやってきたのでした。
 
ヾ(≧▽≦)ノ なんという奇跡なのでしょうか。
 
まるで、横で陽子が話しているような錯覚を
覚えました。
 
人の影、形はなくても、こうして存在しているんだな・・・って
機械を毛嫌いしていたことを、少し反省して、
懐かしく、声を味わって、味わって、問いかけて、
涙して、それで、もう一回聞いて・・・。
 
本当に、奇跡が起きていくんだなって、
必要なものが、届くように、なっているんだなって、
驚いています。
 
ありがとうございます。Wさん・・・。
それから、富士通の皆さん・・・。
神様に、仏さまに、お釈迦様に、すべての存在に、
感謝致します。
 
縁って、人生観が変わるなあ・・・。
誰に出遭ったかで、人生は豊かになっていくんですね。
 
素敵なお仲間とお話させていただいて、
本当にありがとう!よっちゃん!
 
よっちゃん、何かお伝えしたいことがあったら、
私が伝えますから、
遠慮なく、言ってくださいね。
 
少しなんですが、感じられています。
うふふ、嬉しい。
これからも、魂を磨いていきますね。
 

20170717_110835

この芝生型墓所は、日陰が無くて、
かんかん照りの時には、暑くて倒れそうになります。

でも、皆さんとお墓の前にいた時には、
少し雲が出て、カンカン照りでは、無かったなあ・・。
そして、私たちだけでした。

いつも、そうなんですね、風が気持ち良く吹いたり。
不思議だけど、なるほどなって思ったり。

また、来るね!

2017年6月23日 (金)

麻央さん、いってらっしゃーい!

 
にっこり自力整体の大野 敬子です。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
 
昨日、小林麻央さんが旅立たれました。
34歳。
お子さんがお二人、まだ小さい。
 
2年8か月の闘病生活だったと。
 
陽子が亡くなる時を思い出してしまった。
 
それでなくても、
今週は、
ガンのお話会が終わったら、
腑抜けになって、
涙がとめどなく、溢れてくるのです。
 
そこに、追い打ちをかけるように
麻央ちゃんが逝ってしまった・・・。
 
陽子とあちらでお話してください。
 
「頑張ったね」って
讃えあってください。
 
若いって、細胞の増殖が速いんだ。
女性の乳がんの比率は本当に多いそうで、
他人事とは思えない。
 
お姉さんの麻耶さんも、、、辛いですね。
 
自力整体は、
からだの巡りが良くなって、
NK細胞やT細胞も活発になる。
 
免疫力が上がります。
食も整えることで、増殖を防げます。
 
自力整体、していただきたいって思う。
たくさんの女性に。
脇にあるリンパの巡りをよくする
大胸筋、大円筋、
しっかりほぐすのが予防に繋がります。
 
それから、心も整えて、
自分らしく生きられるように。。。
 
麻央ちゃんは愛する人のために
歌舞伎役者の奥さんとして
頑張り過ぎたような気がしなくもない。
 
好きだから、その人のために尽くす。
その人の役に立ちたい。
そう思うのは当たり前なんだけれども、
無理していたとしたら・・・?
 
心は正直に、からだに伝える。
大丈夫って自分に言い聞かせても、
からだは、正直に「嫌なのに・・・」って
隠すのを嫌がる。
 
みんな、ええかっこしいなのだ。
 
私も、そうだった。
かっこつけたいし、
褒めたたえられたいし、
 
でも、それは、もう望まないことにした。
手放します。
 
今日も、家の仕事、
「なんで、これ、私がやるのかな?」
って、旦那さんに反抗してみた。
 
事務は私の仕事だけど、
時間があって、出来ることは
自分で経験を積むためにやってみてくれたらいい。
 
私、やりたいことが他にたくさんあるんです。
生きているうちに、やりたいこと。
 
そしたら
「お母さんの方が、分かるでしょ?」って言われた。
「俺は、分からない」って、言う。
 
「じゃあ、分かるように努力すればいい」
「私も、誰でも、最初は分からないものだよ」
 
そしたら、少しだけ、努力していた。
素直だ。(笑)不機嫌そうだったけれども。
 
でも、それは、自分のためだよ。
自分が会社作るって言ったんだから。
 
その場で感じたことを、心に留めないで
吐き出すことをするように癖付けしている最中。
 
相手を傷つけることになるかもしれないけれど、
愛があれば、いいのだ。
誠実に、伝えているだけなのだから。
 
憎んでいるわけでもないし、
恨んでるわけでもないし、
愛しているから、本当のことを言ってあげるのだ。
 
成長して欲しくなければ、
知らん顔すればいい。
成長して欲しいから、気づいて欲しいから、
言わせていただいている。
 
今度、また、何かあったら、
このブログを読むようにお伝えします。
 
海老蔵さん、辛いだろうなあ。
我が家の旦那さんも、
私が逝ったら、たくさん泣くだろうな。
再発しないように、頑張らないとね。
 
あ、頑張ってはいけないのだった。
 
ありのままで、
自然体で、
そんまんまで、
無理しないで、
言いたいこと言って、
笑い合って、
ハグもたくさんして、
愛をたくさん、振りまいていって、
 
みんなで、元気にこれからも生きて行こう。
陽子や麻央ちゃんの分も
たくさん、たくさん、
いろんな経験して生きて行こう。
 
一生って、長くも短くもある。
一生って、自分がどうとでも、
決められる、決めることができる。
 
だから、毎日、毎日が大事で、
愛おしい。
 
ああ、本当に愛おしい。
すべてが愛おしいです。
 
明日の自力整体も、愛おしいなあって感じながら
皆さんでやりたいと思います。
 
麻央さん、本当にお疲れ様でした。
安らかにお眠りください。
 

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私、木が好きです。
気に入った木を見つけては写真撮ります。
大きな幹の、太いのがいいね。
その場所に、何百年、何千年って生きてる、
だから存在感がスゴイですね。
頼りたいのかな、
自分が心もとないからね。

2017年5月29日 (月)

七七日忌の法要・早野霊園

 
にっこり自力整体の大野 敬子です。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
 
今日も良い天気でしたね。
風が爽やかで、からだを通り抜ける度に
もっと浴びていたいなーって感じます。
 
昨日の5月28日日曜日、
家族が集まり、陽子の49日忌の法要をしました。
 

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納骨・・・。
早いな。
 

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父がお墓で待っています。
一人で寂しかったから、これからは
陽子が一緒だよー。
 
川崎市は市営の霊園が2箇所にあって、
麻生区の早野霊園というところに、
お墓があります。
 

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17年前に父が亡くなった時に、
当たりました。
 
外人墓地みたいな平置きのお墓です。
とっても素敵で、
何故か、陽子は気に入っていたよねって
話になりました。

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まさか、母よりも先に入るなんて、、、、
誰が想像したでしょう。
 
はー、やんなっちゃうわ。
 
新しいお位牌にも入魂するんですね。

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父の時も、ここで、納骨する時に
お坊さんを呼んで、
お念仏を唱えてもらって、、、
でも、全然覚えていません。
母も、妹(三女)も、みんな、覚えていません。
 
あの時は、親戚の方々が
たくさん来てくださってくださった。
 
これからは、家族葬とか、
身内だけでひっそりっていう形が多くなる予感がします。
 
お坊さんのお念仏が広い敷地に
いい感じで響いて、
鳥がさえずっていて、
ほとんど、私たちでこの敷地を独占。
 
陽ざしが強くて、暑いな・・って感じた時、
急に冷たい風が、横を通り過ぎて行った。
火照ったからだを冷やすように・・・。
 
よっちゃんが「暑いでしょう?」って
風を運んできてくれたんだね。
 
49日で、もうここら辺をウロウロすることなく、
天に昇っていくんだよ・・・って、教わりました。
そうだと思うと、急に寂しさがつのります。
 
昨晩、母が陽子が出てくる夢を見たそうです。
着物を着ていて、座っていたと。
これから、旅立つ感じだったと。
最後のご挨拶に出てきたのかな。
 

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私の夢にはまだ、出てきていません。
というより、夢を見ることが少ない。
記憶にない・・・。
熟睡が多いのです。
 
2度寝がチャンスですね。
 
初七日忌・・・七日目
二七日忌・・・一四日目
三七日忌・・・二一日目
四七日忌・・・二八日目
  ・
  ・
  ・
七七日忌・・・49日目。
 
七の倍数の日にちごとに、
思っては、切なくなり。
 
返って来ないって、しょんぼりし。
 
夢であったらいいのに・・・と思ってみたり、
 
声を、生の声を、聞きたいって思ってみたり。
 

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そうしたら、グーグルさんから、
お写真が届きました。
二年前の5月28日、29日で
母と陽子と3人で、修善寺に行ってきた写真の記録。
 
素晴らしいプレゼント。
(写真はパソコンに保存してあるけれど)
 
ブログにも書いたのでしたね!
伊豆・修善寺 虹の郷
 

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修善寺の宿 菊屋 
 
修善寺と朝の散策 
 

20150529_101003

楽しかった、、、です。
お風呂にたくさん浸かりました。
浸かりながら、よく語らいました。
 
また、2年前に戻って、またやり直せたらなー。
 
無理だけど、わかっちゃいるけど、
でも、何だか今は、そんな気分です。
 
天国へ、いってらっしゃい、、、、。
じーじによろしくね。
 

Dsc_11431

また、来るね!

 
 
 

2017年5月24日 (水)

ガンのお話会 開催します

 
にっこり自力整体の大野 敬子です。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
 
パソコンに向かうことを減らす努力をしております。
どうも、パソコンを使ったあとで、
目がかすむのが気になっていまして・・・。
 
仕事上、パソコンを使わない訳にもいかず。
でも、ブログは、書き続けていきたいし・・・。
 
ブログを始めて、2年が経過しました。
こんなに続いているなんて、素晴らしい!!
読んでくださる皆さまのお蔭様でございます。
心から、感謝致します。
 

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1週間が早いです。
Yちゃんの49日忌法要を週末に予定しています。
 
それで・・・・、
 
6月18日㈰に大戸会館で、
ガンのお話会を開くことにしました。
14:00~16:00です。
 
以前から何か形にしたいと思っていました。
思いを叶えていく、行動する、
私も自分の道を、歩んでいます。
 
Yちゃんがガンといかにして向き合っていたのか、
たくさんの本を読み、まとめ、
自分に合った生活をいかにして、
選び、進めていたのか。
 
抗がん剤をする位なら、手術もしないでいい。
共存して生きる・・・その決意から4年、
生きることができました。
 
たくさんのメモも出てきています。
本も、たくさんあります。
 
私が惚れ惚れしたのが、
ガンサバイバーの方々とのネットワークが
素晴らしかった。
どのようにして、ネットワークを作っていったのか。
これから、分析しますね。
 
皆さんが、その話をどのように受け止めるか?
は自由です。
ガン攻略法に、こんな方法があるんだ・・・って、
聞き流してくださっても。
 
でも、お医者さまに、委ねることはせず、
自分の決めたことをして、
自分の生き方を推し進めてきたことを
どうぞ、心のどこかに留めて頂けたら嬉しいです。
 
ガンになっても、全然怖いことなんてない!って
感じていただけたら、嬉しいです。
 
それで、自分に置き換えてみたり、
生活を見直してみたり、
いつか、ひょっとして、
参考になる時が来るかもしれない。
 
2人に一人がガンになる時代と言われてます。
 
知っていて、安心とか、
日常生活の中で、少しでも
役立てることができたら、疾病予防になります。
 
でもね、でも、、、
一番大事だなって思ったのは、心です。
 
自分の人生が明るくなるための、
心を強く、しなやかにするための会にしたいです。
 
少しでもお役にたてたらと思います。
 
私がYちゃんのために、
良いと思っておススメしたものたち・・・、
万能酵母液、納豆菌水、
メディカルハーブティー、
野草酵素、
ドテラのアロマセラピーに使った精油と
植物ミネラル・・・。
 
こちらも、皆さんにお試しいただけるように
持参します。
飲みながら、楽しくお話を致しましょう。
 
前半は資料をお渡しするので、
それを確認しながら、
陽子がどんな生き方をしたのかについて
お話させていただきます。
 
後半は来ていただいた方、皆さんでつくる
アウトプットの場にしていきたいと思います。
 
感想でもいいですし、
この場を借りて伝えたいことでもいいですし、
話したくなければ、聞いているだけでも
いいです。
 
お申込みはコチラ
 
参加費は1500円です。
Yちゃんと開発しましたグルテンフリー、
糖質制限スイーツ付き。
 
会場の都合上、15名様限定とさせていただきます。
どうぞよろしくお願い致します。
 
日曜日の午後に、
皆様とご一緒に過ごせることを
楽しみにしております。
 

Dsc_10721

綺麗なピンクに目が奪われました。
花って、そこにあるだけで、
心が澄んでいきますね。
浄化されているなあ・・・って。

2017年5月 3日 (水)

腰を抜かした話

にっこり自力整体の大野 敬子です。
GW楽しまれていますか?
 
我が家は、特に予定もなく、
というよりも、私はGW関係なくお教室をしてます。

職人どもはお休みです。
 
ここ何回かに渡って、少し思い起こしながらの
ブログになっていますが、
今日は、腰を抜かした話です。

4月11日、この日の天気は雨、
午後から本降りという予報でした。

私は午後からあるスポーツクラブのレッスンに
出掛けようとして、仕度をしていました。

同期のKちゃんからLINEが入って
「敬子さん、少し話せる時間がありますか?」
という内容でした。

ちょうど、出掛ける直前だったため、
その旨をお伝えしました。

天気のせいか分からなかったのですが、
何かいつもとは違う感じで、
時間が経つのを遅く感じていました。

それで、自力整体前の集中時間を長めに
取りたいなあ・・と、
「これから、集中します!」って
Kちゃんにお返事しました。

雨が強く打ち付けるように降っている中を
てくてく歩いて、
もうすぐスポーツクラブへ着きますって時に
携帯が鳴りました。
母からでした。

「病院から、直ぐにきてくださいって
今、連絡があったんだけど、けーちゃん、今どこ?」
「これから、行ける?」って聞かれて、

「え??無理だよねー」って答えちゃいました。
どういうことなの?って聞いても、
母も良く分からないみたいで。

これから始まる自力整体をお休みすることは
難しかったので、
「終わったら、直ぐに行くから」と言って
電話を切りました。

何があったのだろうか?
 
それからのことは、よく覚えていません。

自力整体は、何食わぬ顔をしてやりました。
『笑顔で』『いつもより大きな声を出して』
自分に言い聞かせるように。

でも、どんなプログラムでしたのか
まるっきり、覚えていません。
「来週の自力整体は、代行の方に
お願いするかもしれません。
よろしくお願いします」って言ってました。

きっと、ただならぬ事に対応するのだという
予感?防御策?
皆さまに迷惑かけたくないな・・・という
冷静な判断だったのでしょうか。

Yちゃんは、急いで行かなくても、
ちゃんと待っていてくれている・・・。
そんな感じはありました。
 
スポーツクラブを出てから、家まで
急ごうと思うのですが、
足が思うように進みませんでした。
 
それで、独り言をブツブツつぶやいていたかも
しれません。

朝から何も食べていなかったので、
何か食べようかなあ・・・なんてことも
考えている自分がいました。
人間って、面白いなあ。
 
家について、玄関に荷物を置いて
車に乗って直ぐに出掛けました。

不思議と信号で止まることがなく、
アクセルを踏みっぱなしでした。

それで、退院するから呼び出しがあったんだ、
きっと、そうだ!って思うのですが、
涙が止まりませんでした。

雨も激しいし、涙で前が見えなくて、
それでも、前を走る車がやけに少なくって
何だか導かれるようにして走っていました。

ようやく病院に着いて、
Yちゃんに「ごめんね、今、来たよー」って
報告して、
でも、Yちゃんの目の焦点は合ってなくて。

でも、私が来た時ことは分かってくれたみたい。
時々、はっきりと見つめてくれました。

顎が上下して口で息をする感じで、
熱があって熱そうにして、あえいでいる感じです。

朦朧としているような、
でも、まだはっきりしているような、
どっちなの?という感じで、
看護師さんは
「話が出来なくても、ちゃんと聞こえていますから」
って教えてくれました。

Yちゃんが、何か言いたそうにしている。

まだまだ、何か言いたいし、話したいし、
そりゃあ、そうでしょう。
どうして急にこんな感じになってしまったの?
って、合点がいかずに、
私は自分の気持ちをどうしたら良いのか?が
まったく持って、分かりませんでした。
 
それでも、何とか聞いてあげなきゃ、
って、筆談をしてみる。

でも、申し訳ないけど、分からない。
なんて、書いてるの?
分からない・・・。
私はパニックになっていたと思います。
受け取ろうとする余裕が無かった。
集中できていなかった。

ひとつだけ、分かったのは、
「今日、私は死ぬの?」
という言葉でした。

それに、なんて答える?
なんて答えたかも覚えていません。

それは、Yちゃんが決めること、
死なないよ、死なない!
まだまだ、やることがたくさん無い?
だから、まだだよ!
 
私が椅子から立ち上がろうとした時、
からだが動かなくって、
やっと立ち上がった時には、

いてて、いてて、、、
あれ、腰が痛い、何をしても、
どんな格好しても痛い・・・。

母が「腰を抜かしたんだわ!」って
教えてくれました。
腰を抜かす、初体験でした。
 
それと、一つ、何かを感じ取った
昼間にLINEをくれたKちゃんから
再びメッセ―ジが届きます。

なんと、気になって・・と、
アロマタッチの資料を写真で撮って、
送ってくれているのです。

なんと12枚くらい・・・ありました。
だから、ずーっと病室の中でLINEの着信音が
ピンポン、ピンポンって鳴り続けていて。

kちゃん、ありがとうねぇ!!
でも、急いできたから、アロマの精油を
忘れてきちゃんだ・・。

Yちゃんに、
「頑張れ、頑張れ」って、言ってくれてるみたいで、
泣けてきました。

これも、本当に不思議な事でした。
私が病院に来ているなんて、
Kちゃんは知らないのに。

本当に、不思議な日。
忘れられない日。
お別れの日。
こんなに早く、誰もが予測できなかった。

不意打ちが好きなYちゃんでしたけど、
これは、いくらなんでも不意打ち過ぎやしませんか?

腰が抜けるって、あるんですねぇ・・・。

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ドテラの基本アロマタッチセットです。
Yちゃんは、ガンに効くフランキンセンスの
精油は持っていましたねー。

 

2017年4月25日 (火)

自然療法について

にっこり自力整体の大野 敬子です。
いつも、読んでいただいて、ありがとうございます。

自然療法って、いろいろあります。

私は、切ってしまって、その後は、基本、玄米菜食、
万能酵母液を摂ること
からだを適度に動かすこと(自力整体)
そのくらいしか、実践していません。

Yちゃんは、本を読むのが大好きで、
実にたくさんの書籍を読んで、
これ!とおもったもの、治療法を試していたと思います。

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その中で、やっぱり、大切だなと感じたのが、
排泄することです。
古いもの、老廃物をからだに留めておかないこと。

コーヒーエネマってご存知ですか?
私は、未だ試したことがありませんが、
コーヒーを使った浣腸です。

これは、ガンサバイバーの仲間ウチでは、
必須の習慣なんだそうです。
気持ち良さそうだなー。

「気持ちいいよー」って言っていました。
腸の中がスッキリするんですもんね。

それも、オーガニックのコーヒーや、
無農薬のコーヒーを使っていた模様。
体に入れるものの質は、
いつでも、どこでも大事なのです。

それから、糖質制限も必須でありました。
昨年の暮れに、
自然療法のクリニックに通い始めた時には、
料理の際の、砂糖はもちろん、
みりんも使わない徹底した制限をしていました。

お芋って、かなり糖質を含んでいます。
そちらも使わない。
でも、長く続けていたかな?ってところは、
私にも不明です。

続けるって、本当に大変なことです。
ずーっと、生きていたとして、一生やり続けるって
大変なことだと思います。

私には、無理、できない。
食べること、大好きだから。
Yちゃんも、食べること、大好きでした。

二人で「私たちって、食いしん坊だよねー」って
よく言っておりました。

「だから、乳がんにもなっちまったんだねー」って。

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4月11日、妹が旅立った日から、
もうすぐ2週間が経ちます。
少しずつじわじわ、寂しくなってきてます。

娘のYが、
「あの4月11日のことは、一生忘れない」
「毎日、思い出しちゃう」って言っておりました。

私にとっても、実に衝撃的な日でした。

私も一生、忘れないと思います。

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宿河原の今年の桜。
不思議な、木の幹に花が・・・!

2017年4月24日 (月)

妹の死を振り返る②

人ってこんなに早くに弱ってしまうものなのか?と
本当に、怖い気がしました。

昨年の12月まで働いていて、
今年、1月にはまだ、車を運転していました。
 
2月に病院に行ったりした帰りに
高島屋で買い物したりしました。
この時は、好きな物を何でも食べていて、
モリモリ食べていました。

3月になって、だんだん食が細くなって、
体重は42キロになってしまった・・・。

急激な痩せ方に、唖然としました。
「からだの筋肉が、ゴムみたいになっちゃったのよ」
と言っていました。

力の入らない、ぷにゅぷにゅした伸びるお肉・・・
そんな変化に、なんて答えていいのか、
なんて答えたのか、覚えていません。

顔が引きつっていたかもしれません。

寿命って自分で決められると聞いたことがありますが、

からだの中のエネルギーが
気持ちに従って、どんどん下がっていく。

または、ここまでで、いいや。
私は充分だわ・・・と、諦めてしまう。

生きたい、

生きて、これをしたい、
もっと、やりたい、生きたいと、切に願うことは
からだを突き動かしていくので、
本当に大切だから、

何がしたい?
誰に会いたい?
って、しつこく聞いていたように振り返ります。

ガンはからだのあちこちに転移していって
Yちゃんの意思も、
「力が入らないからだ」に引きずられて
薄れていくようでした。

何より「眠れない」ということが、
体力をますます消耗させ、
本来、作動すべき自然治癒力が働かない・・・
大きな敗因であったように感じます。

勝ち負けではないのですが、
もはや、なす術がない・・・という現状に
私は悔しくてなりませんでした。

Yちゃんは、何かを憎むとか、怒るとか、
ネガティブな感情を持つこともなく、
感謝をし、
何をしても、「有難いねー」と言って、

痛くても、眠くても、辛くても、しんどくても、
泣き言を言わず、
家族の前では、笑顔を見せていました。

冗談を言って笑わせたり、
YouTubeのお笑いの動画を見て
笑おうとしていたり、

健気な、いじらしい姿に、涙してしまいました。
私はお姉さんなのに、
全然、妹より強くなくて、
情けないな・・・ってよく思いました。

何をしてあげたら、いいんだろう?

無力な自分に苛立ったり、
家族に当たってしまったり、
本当に自分の情けなさを痛感しました。

自力整体も、何度も辞めてしまおうか?と
4月になって生徒の皆様には、
5月のお教室はお休みさせてくださいって
お願いしちゃいました。

Yちゃんのために時間を使いたいって、
本当に身勝手なわがままだったのですが、
皆様、快く承諾してくださって
心から感謝をすると同時に、
Yちゃんといられる安心感にほっとしていました。

5月のYちゃんの50歳のお誕生日まで
車椅子で、あちこち、行きたい所に
連れて行ってあげたい。

片付けをしたいと言っていた身辺の整理を
心行くまで、お手伝いさせてもらいたい。

私の出来ること、大したことはできないけれど、
何かしたい、何とかしたい、

自分の心が、少し焦っていたようにも感じました。

そんな矢先、
「ちょっと、入院してみてこようかなー」って発言があって、
問い合わせしたら、個室しか空いていなかったのですが、

「3日間だけ、入院してこようと思うんだ」

「疲れちゃったからさ、ちょっと楽になりたいかなー」

歩くこともおぼつかなくなっていて、
夜中のトイレの時には、転んだりしていて、
本人も自信を失っていたのかもしれません。

そうか、行っておいで!
4日後の予定を2日後にさせていただき、
急きょのレスパイト入院が決まりました。

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Yちゃんの大好きだったメロン。
これは、どこでゲットしたのだったっけ。

2017年4月21日 (金)

妹の死までを振り返る①

 

にっこり自力整体の大野 敬子です。
ご無沙汰をしてしまって、ごめんなさい。
寒かった月初めから、
すっかりあたたかな4月になっていて、
体調崩されていませんか?

にっこり自力整体のチラシやホームページを
手掛けてくださっていたYちゃん。
4月11日午後10時32分に旅立って行きました。

たくさんの笑顔に、

たくさんの優しさに、

たくさんの勇気に、

たくさんの愛を

ありがとう!

本人の希望もあって、家族葬を身内だけで行いました。
じめじめしないで、楽しく笑って送り出しました。

2ケ月前に撮った笑顔の写真を遺影にしたのですが、
全然、病人に見えなくて、、、
何かを語り掛けてくれるような素敵な写真なんです。

妹なのにね、
私は頼ってばかりでした。

時に厳しく、でも優しさが詰まっていて、
私がナビゲーターになれたのは、
Yちゃんのお蔭なんです。

私よりも半年前に乳がんが発覚して、
私は、心がどうにかなってしまうのではないか?と思うほどに、
うろたえて、辛くて、泣きたくて、
実際にメソメソと泣いてばかりいて、
毎日、毎日、何もする気がおきずに
寝てばかりいました。

だって、「治療をしない」って言うのですもん。

本を読んで、西洋医学でない方法で
ガンを克服した方々をたくさん教えてくれました。

東洋医学や食事療法や、
外国の医療系の論文とか、
たくさん教えてくれて、
「ね?抗がん剤や手術をしなくても治るから、
だいじょうぶだよ」って諭してくれました。

なるほど、これを目指していくのね?

それでも、私にとっては、本当に不安で不安で
たまらなくって、
私も乳がんになったらいいんだ・・・って考えるように
なっていました。

そしたら、再検査で、本当に乳がん、
浸潤性の悪性の乳がんと言われました。

Yちゃんと同じタイプでした。

私も治療をしない選択をしようと思ったのですが、
家族が、許してくれませんでした。

知人のSさん、私の昔の職場の同僚の仲良しの
Sさんが、
以前、悪性の腫瘍が見つかった時に、
『医者に頼んで、腫瘍だけ取り除いて貰った』
というのを思い出したのです。

後は、何もしなかったのよ・・・って。

Sさんは、今でも元気に実に生き生きと動かれています。

それで、私は手術だけしようと決めました。

抗がん剤を勧められていたS病院ではなく、
サードオピニオンで「すぐに切ってくれる病院」を
紹介していただき、温存手術をしたのでした。

Yちゃんはお見舞いに来てくれて、
「けーちゃん、本当に決断が早くて、スゴイねぇ」
と言われたのを思い出しました。

これは、Sさんの潔さに何か、
確信のようなものが感じられたからでしょうね。
「これでいい」のではなくて、
「これがいい」という選択。

でも、Yちゃんは、「私にはやっぱりできない・・」って
手術を勧める作戦は失敗でした。

「私はガンと共存するね。」

「全然、恐いとか思わないんだよね。」

そう、言っていました。
スゴイな、私は、そのままいたら、大きくなって
死んでしまうことしか想像できなかった。

それで、私は何とかしないと!という焦りもあって
いろいろ調べながら、
良い方法はないか、
視野を広げていこうと、
2014年を過ごしました。

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Yちゃんが入院した多摩市にある聖ヶ丘病院です。
ホテルのような病院でした。

2017年11月
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