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2018年10月 9日 (火)

大学生活の過去バナ その①

にっこり自力整体のおおの けいこです。
 
いつもご訪問くださいまして、誠にありがとうございます。
 
今日はちょっと、字体の色がいつもと違いますが、、、
メールをコピペするとこうなります。
 
どうぞ、お慣れくださいませ。(笑)
 
さて、9/30に夢源塾、整心法の講座を受けて参りました。
 
今回の「セルフイメージを変えれば人生変わる!」という
テーマでのお話、
 
実に楽しく拝聴させていただきました。
 
聞いて、「楽しかった、為になった。」で終わりでは
ないのです。
 
これからの生活で生かすことが大切なわけです。
 
言うなれば、心の成長!とでも申し上げましょうか。
講義を受けた後に、ステップアップシートというものを
提出します。
 
学べたこと、気づきがあったこと、感想など、
自由に書いて提出しますが、
 
大切なことは、この2か月間の実践(次の夢源塾まで)
の提示だと思っています。
 
ともあれ、その話はまた後日、
今日は、私が提出したステップアップシートを
編集して、ブログにしたいと思います。
 
***********************
 
今回のセルフイメージについての講義の中で、
私は今の自分が既に、昔の自分と比較すると
かなり変われている」と高く評価出来ました。
夢源塾のお蔭様です。本当にありがとうございます。
 
中村先生の体験談、大学受験のお話を聞いて
スイッチが入ると人は、何でもできる!」という体験は、
私にも思い当たることがあって、そこから大きな気づきを得ました。
少し長くなりますが、ご一読、よろしくお願い致します。
 
【ちなみに、中村先生の体験談は、好きな女の子が行く大学に
標準を合わせて、見事、ランクを上げて合格できたというお話
簡略化していますが、素敵なお話でした】
 
大学時代の部活動(4年間)は、バリバリの体育会系、器械体操部でした。
 
休みは、盆暮れに数日しかなく、毎日朝練、
昼は器具の整備(1年生の役割)夕方から9時ころまで練習練習の毎日でした。
 
大学2年生になる前に、幹部を選出するということが部の決まりになっています。
具体的に言いますと、マネージャーとピアニストです。
 
その役割についた人は、4年まで行い、選手生活から即外れるということでした。
私は、器械体操が好きで部活動に入ったというよりは、
教師になる上で部活動に入っていた方が有利である」という話を
聞いたから入ったようなものでした。
 
(のちに、部活動に入っていようがいまいが、
あまり関係はなかったということを学びました)
 
ですので、私は、選手としては二流でしたし、
もうすでに優秀な選手はたくさんおり、
私は素材が違うとか、もう叶わないと心から決めていました。
 
(優秀な方は高校から引き抜かれて、
推薦をいう形で入部しているのですね)
練習は、ハッキリ言って辛いし、体操部に入部したことも,
これでよかったのか?と考えました。
 
辛い時って、何かを理由に逃げ出したくなるのですね。
 
しかしながら、部活を理由に憧れの一人暮らしも叶い、
仲間とは楽しい大学生活を送れていて、
みんなでご飯を食べに行ったり、
夜中にディスコで踊りまくったり、
朝帰りしたまま、朝練に直行なんて日もあって(笑)
一人暮らしを堪能していました。
 
学業に真面目に取り組むというよりも、自由を満喫していたのです。
 
選手として真面目に練習に取り組むか、
この幹部の役割を担うか、二択を迫られた感があり、
 
私はきっと、マネージャーかピアニストか
どちらかをやることになりそうだ・・・という気持ちでいました。
 
どちらも簡単な役割ではないし、むしろ、誰もが避けたいと思う役割です。
(少なくとも、私はそう感じていました)
 
しかも「幹部」は部長先生のお付きや、
先生、コーチと選手の間に立ったり、
先生やコーチの代わりに選手を動かすということも次第に任されたりして、
先生や選手双方の信頼も必要とされます。
 
結局は、同学年の仲間と話し合って、
同じ神奈川出身の高校からの友がマネージャーに、
私がピアニストになりました。 
 
険悪な雰囲気の中で、どうも、
その雰囲気を回避したいということもあって、
私は皆さんから感謝されて
ちょっと、嬉しい気持ちもあったと思います。
 
親友がマネージャーになるということで、
私も決意できたのかもしれません。
 
体操競技生活を終えて、体重は1ヶ月でなんと10㌔も増えました。
 
(この後、成人式を迎えたりもしまして、
その時の写真は、お見せすることができません)
 
ほどなくして、ピアノの特訓が始まりました。
2学年上の先輩は、ピアノ歴は長く、
初見で何でも弾けてしまうという畏れ多い先輩でした。
 
私は、小学校の5年生の時に
友達に誘われて2年くらい習った覚えがありましたが、
指はもうすでにちっとも動かなくなっていますし、
果たしてどうしたものか・・・
というところからのスタートだったのです。
 
その先輩ピアニストの特訓は、思った以上にキツく厳しく、
私は心が、萎縮してしまって、なかなか上達しない。
後悔すでに遅しです。
 
ピアニストの役割とは、床運動の曲を、選手の演技している横で弾き、
「伴奏する」ということです。
 
床運動には、その当時、規定と自由があって、
規定というのは、すべての選手が統一された演技を行いました。
他の役割として、選手の自由の曲も作ったりします。
 
今では、規定の演技があるかどうか?ということさえ
わかりませんけれども、
当時は、生演奏ですと、選手が失敗してしまったりしたら、
曲調をゆっくりするなどして、うまく誤魔化したりもできました。
 
選手の動きを見ながら弾く。
しかも、優雅に美しく、演技が映えるようにという演奏も可能、
床運動は花形の種目でもありますので、
こちらが間違うなんてことは、もっての外でありました。
 
ちなみに、このピアノの生演奏という伝統を続けているのは、
2つの体育の専門の大学しかありませんでした。
 
私は、請け負ったものの、次第に自信を失っていきました。
 
「ちょっとピアノをかじったくらいで、できるわけがない!
 
そうこうしているうちに、逃げだしたい気持ちになって、
とうとう体調を壊し、盲腸にまでなってしまいました。
 
家を出て、下宿先で生活していましたので寂しさもあったり、
からだも心も一気にボロボロになったのですね。
 
1週間くらいでしょうか入院、手術して、家で療養しました。
 
この続きは、また次回に。

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